鎌倉 (旧鎌倉郡) の歴史を訪ねて    
      八雲神社 (鎌倉 山ノ内)        北鎌倉      
    牛頭天王社   寛文舟形庚申塔   晴明の石    
    
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   鎌倉 山ノ内の鎮守で、かつては牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)といいました。
 元仁(げんにん)元年(1224)、鎌倉に疫病が流行ったおり、四角四境祭(しかくしきょうのまつり; 陰陽道の祭祀)を行ったあと地と伝わります。

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  << アプローチ >>    
    JR北鎌倉駅から徒歩で  (徒歩約15分)
 JR北鎌倉駅前から主要地方道「21号横浜鎌倉線」を大船駅方面へ400mほど進み交差点を右の狭い道へ入ります。踏切を渡り、すぐに右折し、線路沿いの道を北鎌倉方向に戻ように200mほど進みます。左手20mほど先に八雲神社に上る階段が見えます。(※注 北鎌倉駅ホーム沿い円覚寺側からの道は洞門崩落の危険から通行禁止になっています。(平成の中頃から))
  
 
    (付近の略図(地図)は    大船から今泉方面 周辺 略地図    のページへ)
 



    八雲神社 (やぐもじんじゃ)  (鎌倉 山ノ内)                

八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
社殿 八雲神社(山ノ内) 八雲神社社殿 「天女と龍」の彫刻  
 
 八雲神社(やぐもじんじゃ)(山ノ内)は、鎌倉 山ノ内の鎮守で、かつては牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)といいました。祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。
 文明年中(1469 ー 1489)、山ノ内上杉憲房(うえすぎのりふさ; のちの関東管令)が京都八坂の祇園社を勧請したといいます。

 元仁元年(1224)十二月、鎌倉で疫病が流行り、そのおり鎌倉の四境(六浦、小坪、稲村、山ノ内)で「四角四境祭(しかくしきょうのまつり)」を行なったといいます。この地はそのうちの山ノ内の斎場の跡と伝わります。「四角四境祭」とは陰陽道の祭祀で、邪気の侵入を防ぎ祓うといいます。

<<八雲神社(山ノ内) 境内、社殿 まで>>
 JR北鎌倉駅の北東側の高台にあります。参道の階段は北鎌倉駅のホーム北側から見えます。行くにはJR北鎌倉駅の下り線ホーム沿いの道を大船方向に進めば近いのですが、こちらの道は現在(平成の中頃から)、途中にある洞門の崩落の危険から通行禁止になっています。鎌倉街道(主要地方道「21号横浜鎌倉線」)を大船駅方面へ進み踏切を渡り迂回してください。下り線ホーム沿いの道から参道に入り、階段を上ります。階段の上り口には「村社八雲神社」と 彫られた石標が建ちます。階段を上ると、鳥居の手前で踊り場に出ます。鳥居前には狛犬が並び、向こうには社殿が見えます。この踊り場は見晴らしが良く、振り返るとJR横須賀線沿い北鎌倉の街並みが見渡せます。小袋谷(こぶくろや)対岸側の山並が広く見渡せます。
 鳥居をくぐり社殿に向かいます。社殿は、弘化三年(1849)の再建といいます。
    
       
八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
参道の階段 八雲神社(山ノ内) 八雲神社(山ノ内)境内 参道の踊り場から 八雲神社(山ノ内)境内 境内東側高台から望む  
 
     
<<境内社>>
 社殿に向かって左手(東側)に少し高まった高台があります。階段があり上ったところに小さな鳥居がありその先に境内社があります。右側の小さな祠が稲荷社です。左の石板は御嶽神社で、石板に御嶽三尊(国常立尊(くにとこたちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと))の御名が刻まれています。

<<晴明の石>>
 境内社のある高台、鳥居を入った右側に、石面を表に出した状態で埋められている石があります。「晴明の石」といわれる石で、平安時代の陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)が残した石と伝わります。除災の石として信仰されています。石の手前に石標が建ちます。この石はかつて鎌倉街道十王橋付近にあり、「道行く人が知らずに踏めば足が丈夫になり、承知して踏むと足が悪くなる」と云われています。第二次大戦後、米進駐軍が道路整備のおり掘り起こしてしまいましたが、昔からの神さまだということで他所に移されたといいます。その後、昭和44年に当八雲神社に移されたといいます。
    
       
八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
八雲神社(山ノ内)境内 東側高台 八雲神社(山ノ内) 境内社 八雲神社(山ノ内) 境内社  
 
     

八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
晴明の石 八雲神社(山ノ内)境内 八雲神社(山ノ内)裏の坂道  
 
<<石仏・石塔>>
 境内東側の高台の裏手に石仏・石塔が集められ並べ置かれています。
 本殿左手から裏の坂道に出て、東方向にわずかに下ると、左手に山道があります。この道をたどると参道階段の鳥居前の踊り場に出ます。この道の途中左側の山崖にいくつもの石仏・石塔が並べ置かれてあります。中でも、寛文五年(1665)銘の舟形庚申塔は古いもので、鎌倉市の市文に指定されています。下部に三猿が彫られていて上部には梵字が刻まれています。梵字は判読しずらいのですが阿弥陀尊を表す種子といいます。
    
       
八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
石仏・石塔 八雲神社(山ノ内) 石仏・石塔 八雲神社(山ノ内) 石仏・石塔 八雲神社(山ノ内)  
 
     

八雲神社(山ノ内) 画像 八雲神社(山ノ内) 画像  
石仏・石塔 八雲神社(山ノ内)  石仏・石塔 八雲神社(山ノ内)   
 

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